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「べき思考」で自分を追いつめていませんか?固定観念を見直して自由になろう

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あなたは「〜べき」という言葉を多用していないでしょうか?あるいは、無意識に使ってしまってはいないでしょうか。今回は、なぜ「べき」を使わない方がいいのか、「べき」の代わりにどのような言葉を使えばよいのかを考えていきます。

 

完璧主義の人に多い「べき思考」 

 

「べき」の辞書的な意味を再確認する

まず、「べき」の辞書的な意味を確認したいと思います。現代語として使われる「べき」には次のような意味がありますが、多用が問題になるのは、2の「義務づける意味」を表す「べき」です。

  1.  当然のなりゆき、または、そうなるはずの事柄を述べるのに用いる。「いま満開のこの桜の花も、やがては散るべき運命にある」 「非行少年の増加は恐るべきことだ」
  2. (「べきだ」「べきである」「べからざる」などの形で)義務づける意味を表す。「この際、あまり無責任な批判はなすべきではない」 「人権はおかすべからざるものだ」
  3. (終止形「べし」を文末に用いて)命令の意を表す。「全員ただちに練習を始めるべし」 「報告書は今月末までに必ず提出すべし」 
  4. 可能な動作・作用、あるいは実現の可能性のある事態を述べるのに用いる。「今年中に完成すべく最善の努力をする」 「現地の実情は想像すべからざる惨状である」
  5. (「べからず」の形で)禁止の意を表す。「関係者以外立ち入るべからず」 「みだりに路上にたん・つばを吐くべからず」

 (大辞林 第三版より)

 

リワーク利用者も多用していた「べき」

私がリワークスタッフとして働いていたとき、利用者の皆さんが、文章の中で「べき」を使うことが多いことに気がつきました。それは、読んでいるこちらが苦しくなってしまうほどです。本を読んだりして自分の考えをまとめるときに、自分ができていないことで、そうした方がいいと思う行動や考え方に対して「べき」を使うケースが多いようです。新たな気づきから行動に移そうと考えることは素晴らしいことですが、どこか「べき思考」が癖になっているようでした。

 

「べき」は自分を追いつめる言葉

結論から言うと、「べき思考」は自分を追い詰めかねない助動詞です。辞書的な意味は“義務づける”こと。つまり「べき」と言った時点で、自分に「しなければならない」と義務を課しているわけです。

 

使っている本人は、そこまで強い意味であることを意識していないかもしれません。そうであれば「べき」ではなく、「したほうがよい」でもよいかと思いますが、おそらくそれでは弱いということなのでしょう。「絶対にそうするのだ」という強い意志を込めて、ときに自分を追い込むように使うこともあるのかもしれません。

 

固定観念を手放し、肩の力を抜く

 

型にはまった考え方=固定観念を見直す

うつを患う人の中には、自分に厳しく、完璧主義である人が多い傾向にあるようです。自分自身の考えをしっかりと持ち、それに従って「こうあるべき」と行動を決めます。しかし、そういった型にはまった考え方が、自分を苦しめることもあります。型を決めて縛ってしまったからこそ、そうできない自分を責め、苦しむことになるのです。「こうあるべき」という考えは、本当に自分が心から思っていることでしょうか。世の中の常識や概念、あるいは職場の常識や上司の考えなど、人から受けた影響によって、そう思い込んでいまっているということはないでしょうか。

 

本当に「絶対やらなければならない」ことなのか

「〜べき」という文章を見たとき、それは自分に対する宣言であると同時に、私たちに対する宣言でもあるように感じました。いまはできていないけれど、「こうあるべきだと思っている」と、言い聞かせているようでした。かつて、私も「べき」多用していたことがあるので、その気持ちはとてもよくわかります。

 

私は、「〜すべき」ではなく「〜したほうがいい」くらいがちょうどいいのではないかと思います。あるいは「〜したい」「〜するのが理想的」など、絶対的ではない言葉を使うことをおすすめします。なぜなら、仮に「〜べき」という表現を使って、それがなかなかできていないとき、そこには“それができないダメな自分”が存在することになってしまうからです。そこまで強い意味を意識していなかったとしても、言葉としては残ります。「〜べき」と表現する前に、それは本当に絶対やらなければならないことなのか見直してみましょう。

 

 自分を鼓舞する使い方もある

もっと肩の力を抜いてもいいのではないでしょうか。あなたが自分に厳しくなくても、周囲があなたへの評価を下げることはありません。そうありたいと思って行動していれば、必ずそれを見ている人がいて、気づいてくれるものです。もちろん、有言実行は素晴らしいことです。でもそれは、コンディションがよく、できることが確実なときに「〜べき」と言って自分に発破をかける意味で使うとよいのではないかと思います。

 

「べき」という言葉は、自分を追いつめるために使うのではなく、ぜひ自分が一歩踏み出すために、背中を押す言葉として使うようにしましょう。たかが言葉、されど言葉です。無意識のうちに自分を苦しめることなく、効果的に使っていきたいですね。